手彩色石版画

山形県、福島県、栃木県道路写生帖

番号 41
タイトル 西田川郡赤川ニ架スル三川橋々上ノ図
解説 赤川には近世に渡舟場が設けられていたが、降雨のたびに洪水に見舞われ交通が遮断された。鶴岡は新庄、村山、秋田との交通の便も悪く、県令の三島通庸は山形と秋田を結ぶ三崎新道や、庄内と新庄・内陸を結ぶ磐根新道や、橋の架設を積極的に進めた。赤川に架かる三川橋は三島が最初に手がけた橋で、1877(明治10)年4月に着工し同年9月に竣工。内川に一橋、赤川の中州に橋脚を築いて二橋の計3つの木橋を架けた。高橋由一は三川橋を4図描いている。本図では3つの橋がまっすぐに連なるように描かれている。